大谷亮平さんには韓国人疑惑があるようですが、当然日本人です。10年以上韓国で芸能活動していたため、韓国国籍の疑惑が出たようです。
今回は、大谷亮平さんの出身校や経歴を紹介します。
大谷亮平の国籍は日本!韓国人ではない
大谷亮平さんの国籍は日本で、日本人です。
そりゃ、そうだろうな
大谷亮平さんは韓国での芸能活動で有名になり、その後日本で俳優活動をしていたため、韓国人籍疑惑がでたようです。
韓国で活動しただけで、ハーフとか韓国人疑惑でるよね
大谷亮平さんの家族は日本人の両親と、2つ上の姉と6つ下の妹がいます。
大谷亮平さんの出身は日本の大阪です。
「日本の」って説明いらんだろ
家族や関西の友人と話すときには大阪弁で話す
大阪育ちですが実は、生まれたのは高知県で生まれてすぐに大阪に行ったみたいだと本人が明かしていました。
大谷亮平さんの両親ともに高知県の出身で父親は中土佐町、母親は四万十市の生まれだと明かしています。
母親は学校の先生で父親はサラリーマンと言われていて、父親の実家は旅館を経営しているそうです。
なので、在日韓国人でもなさそうです。
大谷亮平は清風高校→亜細亜大学卒業後に韓国へ
大谷亮平さんは吹田市の学校に通っていたようですが、小学校はわかっていません。10歳からバレーを初め、吹田市立西山田中学校のバレー部で大阪府で優勝しています。「中学の頃は自分が一番(バレーが)上手い」と思っていたと発言されています。
すごい自信だな
高校はスポーツ推薦でスポーツ強豪校の清風高校に進学しています。
バレーボール部ではセッターとして活躍。キャプテンを務め国体に出場しています。
清風高校のバレーボール部では試合に負けて坊主にされたり、昔ながらの愛のムチを受けたりと厳しい指導を受けながらバレー漬けの日々を送りました。
昔は殴られるの当たり前だったよな
大阪府選抜のキャプテンも務めています。
結構ガチでスゴイじゃねーか
かっこいい
清風高校では負けたら坊主にさせられていましたが、「自分が一番似合っていた」と言っていたようです。
自身の坊主姿を自画自賛していました。そして、「そこそこ、モテました」と明かしていました。
でも、男子校だったんだろ?
高校時代はバレー部が忙しすぎて彼女は3年間いなかったそうです。
高校卒業後はバレー推薦で亜細亜大学へ進学するも周囲のプレーヤーと比較し自分の実力に限界を感じていたため、なんとなくバレーを続けて卒業してしまいました。
清風高校は男子校だったため、大学はウキウキだったと明かしています。
大学時代、モテたようですが、高校が男子校だったため、スカしてしまい、全然モテなかったようです。
もったいない
亜細亜大学卒業後は就職せずにフリーターとしてアルバイトをいくつかこなして生活していました。
韓国に渡ったいきさつ
当時バイトをいくつも掛け持ちしていて、その日も喫茶店でアルバイトをしていました。バイト先の先輩がモデルで、その先輩の紹介でモデル事務所の人に会ったことで、モデル人生がスタートしました。
人生何があるかわからんな
ただ、モデルの仕事に対して熱があったわけではなく、モデルを始めて数ヶ月経った頃、いつものように事務所からオーディションの連絡が入りましたが断り、その後2回連絡をもらうも断り続けていると、”どうしても”という相手の熱意に押され、話を聞いていくと、韓国、台湾、香港で放送される大規模なCMで、韓国へ向かい撮影することになりました。
そのCMが2003年『ダンキンドーナツ』で大谷さんが23歳の時でした。
CMが放送され、韓国明洞に降り立つと、瞬く間に囲まれてコマーシャルの影響の凄さを実感したそうです。
竹野内豊に激似の大谷亮平がイ・ビョンホンの後のダンキンドーナツCMでブレイクしたって初めて知ったよ。
— Seiko (@Sungja_e_Seiko) June 3, 2018
커피&도너츠 2003 09 https://t.co/I35SvQuXGg @YouTubeより
当時無名だった大谷さんが起用されたのは複数の国で放送されるため「ひと目で国籍がわからない顔」を探していたことが理由だったようです。
すごい運を持った男だな
その後、撮影のたびに韓国へ行く生活を続けていましたが、1年位経って、韓国の事務所からラブコールを受け、韓国へ渡ることを決意し、韓国での芸能生活が始まりました。
これまでバレーしかしてこず、体育会系の厳しく辛い世界を乗り越えてきて、韓国で華やかな世界を知り初めて遊ぶことを覚えたそうです。
それは、あんま良くないな
何事も経験が大事
2006年デビュー作となった韓国ドラマ『ソウルメイト』や
韓国で人気だった『日曜日が良い-ルームメイト2』レギュラー出演していました。
韓国の延世大学で韓国語を学んでいたと言われていますが、ネイティブではないため。韓国人の役ができないことにもどかしさを感じ、日本に帰国しようと考えたり、台湾の友人のアドバイスで台湾に2ヶ月ほど滞在していたこともあったようです。
そんな時に2011年韓国映画『神弓-KAMIYUMI-』のオファーを受け、トライしてみた結果2011年の年間興行収入1位の作品となり、引き続き韓国に残って活動を続けることになりました。
韓国のバラエティ番組にも出演するなどしていたため、韓国国内では知名度抜群の日本人タレントとなりました。
2016年『ラヴソング』で日本のドラマに出演が決まり、日本の芸能界に足を踏み入れて周りがみんな日本語を話していることを不思議に感じたことを明かしています。
芸能活動はずっと韓国だったもんな
2016年ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』に出演、ブレークしその後は日本で俳優活動を続けています。
人生って何があるかわからんな
韓国で有名になって日本でも成功するってすごい
まとめ
大谷亮平は…
- 日本国籍の日本人
- 高知県生まれの大阪育ち
- 両親は高知県出身
- 大阪の清風高校を卒業
- 上京し亜細亜大学を卒業
- 小学~大学までバレー漬けだった
- 就職せずにフリーターになった
- 大学卒業後23歳の時に韓国でCMデビュー
- 韓国でモデル俳優として活動していた
- 12年間韓国で芸能活動
- そのため、韓国国籍疑惑が出た
で、結局なんの話?
大谷亮平さんは日本人ってはなし
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