大島優子さんの子役時代に出演した作品をまとめました。
大島優子さんはドラマ・映画・CMに出演する子役でした。しかし、成長すると仕事も減り芸能界は辞めることも考えていました。
子役の生き残りか
優子ちゃん可愛い
大島優子の子役時代(幼少期)の画像が可愛い!
クリクリした目とハの字の眉が変わってないね
大島優子さんは栃木県で生まれ、横浜で幼少期を過ごしました。
母親から新聞に掲載された子役募集を教えてもらい、習い事感覚で応募しました。
そして、セントラル子供劇団に所属し1996年に子役として活動をスタート。
7歳で子役としてドラマデビュー
大島優子さんは1996年のTBSドラマ『ひよこたちの天使』にて子役としてデビューしました。
1996年TBS放送ドラマ『ラブの贈りもの』にて友達役での出演でした。
特に画像も残ってないってことは本当にちょい役ってことだな[
1997年フジテレビ放送ドラマ『バージンロード』には和久井映見さんと反町隆史さんが出演したドラマに子役として登場。
ヒロイン和久井映見さん演じる桜井和美役の幼少期時代は当時8歳の大島優子さんでした。とは言っても、写真のみの出演でセリフなどはなかったようです。
大島の顔が全然わかんねーじゃねーか!!
大島優子さんは子役時代に1997年日本テレビドラマ『D×D』に出演していました。長瀬智也さんと岡田准一さんの主演ドラマです。
かすかな記憶だけど、大島がカッパかなんかに水の中に引きずり込まれてた記憶があるな。これもちょい役だろ
岡田くんと長瀬くんカッコイイ
1997年11月30日のテレビ朝日放送ドラマ『電磁戦隊メガレンジャー』第40話に出演しています。
今の優子ちゃんと同じ顔
顔変わってないなー[
1998年日本テレビドラマ『LOVE&PEACE』 太田明日香(幼少期)役で出演。
1998年(当時8歳)公開映画『大怪獣東京に現わる』 祭の少女役で映画デビュー
この映画の共演者が大島優子さんについて語ったインタビューがありましたので紹介します。
大島優子ちゃんは、当時小学校3、4年生ぐらいだったと思います。まぁダントツでかわいかったですよ。
それに笑顔の作り方とかきちんとチェックする努力家でしたね。
ちょっと話しましたが、子供達といる時は普通の小学生で、話題も当時流行っていたものとか。
でも、撮影前になると、表情が変わるんですよ。
もう小学生にしてプロの顔でした。私は『ああ、こういう人が女優さんになるんだなぁ』と子供心に強く思った記憶があります」
Asagei plusより引用
]幼い頃からちゃんとしてたのか
1999年4月9日放送のテレビ朝日ドラマ『千年王国III銃士ヴァニーナイツ』の第2話に出演しています。
えろ系か?
違う
1999年8月に放送されたフジテレビドラマ『らせん』6話・7話に出演しています。
2000年公開映画『千里眼』岬美由紀(幼少期)役で出演。
2001年10月放送フジテレビドラマ『アンティーク 〜西洋骨董洋菓子店〜』の第4話に出演しています。
大島、アンティーク出てたのか!?ガチで芸能活動してたんだな
2002年日本テレビ放送ドラマ『東京庭付き一戸建て』に出演しています。
芦田愛菜ちゃんや寺田心くんのようにゴリゴリに出演してはいませんでしたが、大島優子さんは多くの作品に出演する子役でした。
ライバルも多いのにこれだけ出てたら大したもん
子役も大変だな
そして、大島優子さんは多くのコマーシャルにも起用されています。
大島優子は子役時代に多数のCMに出演
1998年(当時9歳)日本航空「JAL STORYで行くマジカルファンタジーツアー」
2000年(当時11歳)KFC(ケンタッキー)
2000年(当時11歳)MEDIA FACTORY「ポケモンカード★neo」
2002年(当時13歳)Kanebo
2003年 丸美屋食品工業 ふりかけ「素材探求」
2004年 石屋製菓 「白い恋人 2004年夏編」
2006年 ベネッセ「進研ゼミ高校講座」
この他にも出演作はあり、子役として数々のドラマ、映画、CMに出演していました。
ちょい役ばっかだけどな
子役としてお仕事していたものの、成長するにつれて仕事が減っていきオーディションでも最後の最後で落ちることが多く、悩んだ時期がありました。
大島優子は子役ゆえの悩みを抱えていた
大島優子さんは子役として活動して、ある程度知名度はありました。
しかし一方で小学生時代は学校の行事に参加ができなかったことが悲しかったと日本テレビ『今夜くらべてみました』で話していました。
修学旅行に途中参加できることになり、それが嬉しくて途中からみんなに合流したら、みんなに無視されていると感じたため、同級生に「私なにかした?」と問いかけると同級生から「優子ちゃんがいない間に優子ちゃんの嫌なところを話していたの」と言われたことがショックだったと明かしていました。
小学生でそんなこと言われたらショックよ
イジメだ!!
普通の小学生とは違う生活を送っていた大島優子さんはさらに、子役業以外にもジュニアアイドルとして活動していました。
大島優子のジュニアアイドル時代
大島優子さんは2000年頃からジュニアアイドル活動をしていました。
水着になってイメージビデオを出したりしていました。
水着は!?
大人の事情だ
2005年の17歳でTHE ALFEEの高見沢俊彦さんがサウンドプロデュースを務めたジュニアアイドルグループの「Dolls’ Vox」に所属。
AKB48加入前の2004~2005年にフジテレビCS番組『CS発!美少女箱』に大島優子さんは出演していました。
ずっと芸能活動してんな
それだけ、想いが強かったのね
10年近く仕事を続けていても、鳴かず飛ばずの時代が続いた大島優子さんは高校1年生の時に「もう芸能活動は辞める!」と言って、今までの鬱憤を晴らすように思いっきり日焼けしまくりました。
既に高校2年生になっていた大島優子さんが最後に望みをかけたのが、AKB48オーディションでした。
AKB48・2期生として加入→女優へ
2005年10月にAKB48の2期追加オーディションの応募が始まり、書類審査(1万1,892名)⇒1次審査(131名合格)⇒2次審査(54名合格)⇒最終審査(19名合格)を経て倍率約700倍を突破して2006年にAKB48に加入しました。
大島優子さんは「AKB48がダメだったら芸能界は諦めるつもりだった。実は崖っぷちで背水の陣だったこと。AKB48には自分の意思で入った」と後のインタビューで明かしています。
AKB48に合格して、栃木の高校から東京まで片道2時間かけてレッスンに通っていました。
必死だったんだな。本気度がわかるな
AKB48を2014年に卒業後は女優業に進み、2017年8月から1年間、アメリカへ語学留学するなど、積極的に動いています。
大島優子さんは「あの人がアイドルだったの?」と思われる役者さんになりたいと語っていました。
まあ、頑張れよ
これまでやってきたし、きっとできる
まとめ
大島優子は…
- 7歳(1996年)から子役として活動
- 有名ドラマや映画、大企業のCMに出演していた
- 有名子役になれずちょい役が多かった
- ジュニアアイドルだった
- AKB48のオーディションを背水の陣で受け合格
- センターも経験し卒業後は女優の道へ
大島優子さんはAKB48を卒業後は女優への道に進んでいますが、子役時代からキャリアのある芸能人でした。
昔からずっと芝居はしてたんだな
女優もいい感じになってきてるね
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