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加山雄三の船「光進丸」の値段は5億円|火災焼失の保険金は億単位か

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加山雄三さんの愛船光進丸」について紹介します。加山雄三さんは船や海がお好きで現在82歳ですが、意欲は衰えずに積極的な活動をしています!
加山雄三さんの相棒だった光進丸の値段や、2018年4月に火災で焼けてしまったことついてまとめました!

加山雄三の所有する船は光進丸!そのお値段は5億円と言われている


加山雄三さんが実質オーナーを務める船「光進丸」。この愛船のお値段は総額は5億円だそうです。光進丸はお風呂や、キッチンもついていて、生活できる空間で加山雄三さんが内装など、設備にも凝っていたそうです。それにしても凄いお値段ですね。

船を維持するための費用は1億円!?


三代目光進丸は1982年進水を行って以来、ずっと加山雄三さんと一緒にだったわけですが、その維持費は一説によると、費用がかさんでしまう時には数千万円~1億円近くにまでなっていたとの噂もあります。

乗用車でも普一般の人にはガソリン代や車検など定期的に維持費がかかりますが、加山雄三さんの所有する光進丸くらいの大きい船となれば、一般の感覚とはかけ離れた金額にはなってそうです。

光進丸のメンテナンスはこまめに行っていたみたいですので、維持費には結構な額を投資していたのではないでしょうか?

光進丸は三重県鳥羽の早美造船が造船し、神戸装飾が内装。東レが炭素繊維などの材料を無償提供してくれたため、当初予定よりも大きい船となったそうです。

全長  25.6m
船幅  6.61m
総重量 104t
定員  63名

サイズ感からして個人が持つにはレベルの違う大きさの船です。光進丸の中にはピアノやカラオケがあって、作曲などもやっていたそうですね。趣味と仕事を兼ねてた仕事場になっていました。

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2018年4月1日の火災で焼失した愛船の保険料は想像よりも安い値段

今回光進丸の損害金や具体的な保険金ついての詳細はわかっていません。これは噂レベルではありますが、保険に加入しており、年間の保険料は安くても数十万~数百万円という噂も耳にしました。しかし、報道によると船の登記は、西伊豆町安良里にある藤高造船株式会社になっているようです。保険金や費用の処理は同会社が行っているのかもしれません。


また、こういった記事が掲載されていました。

「保険が現在のように自由化される前は、保険業界にいろいろ取り決めがあったんですが、その頃、加山さんの船には、海上保険ではなく、家財などを対象とする動産保険がかけられていたという話があるんです。本来、あれだけの大型クルーザーであれば高額な船舶保険の対象となりますが、光進丸の船体に強化プラスチックが多用されていたことに目を付けた営業マンが、当時の規定に当てはめてボート扱いにして、動産保険にしたというんです。結果、安い保険料で契約を結んだという伝説があります。加山さんの船は整備が優秀なので、安い保険料でも利益率が高く、保険会社にとってはおいしい仕事だったはず」
exciteニュースより引用

年間数百万円の保険金の噂とは正反対の話ですが、こちらの方が信ぴょう性があるかもしれません。

加山雄三さんの船となれば、ネームバリューもありますし、絶対に保険契約を結びたいでしょうね。

光進丸が火災から転覆の時系列


静岡県の西伊豆町・安良里(あらり)港に停泊していた加山雄三さんがオーナーの船「光進丸」が2018年4月1日夜に火災で焼失してしまいました。当時加山雄三さんはコンサートのため沖縄に滞在していたそうです。

火災のあった翌4月2日夜には加山雄三さん本人が記者会見に応じました。

4月3日 火災が完全に鎮火

4月4日 火災発生から3日後には排水作業の甲斐なく、船体に亀裂が入り横転、水没

4月17日 船体の引き揚げがスタート

4月18日 船体の引き揚げ完了

4月20日 原因究明のため清水港へ移送

5月8日 清水港にて警察、消防、海上保安部により実況見分が行われた


実況見分の結果、船の損傷が激しく完全な原因の特定には至らなかったそうです。

加山雄三さんの愛船光進丸が火災に見舞われた原因は電源ショート


火災が起きた原因は、漏電による電気系統のショートの可能性が一番高いそうですが、今となっては、本当の火災原因はわからないそうです。


何者かによる放火や、保険金目的…なんて説も疑わましたが、放火は船が漁港から数十m先に係留しているためその線は薄く、保険金目的というのも、腑に落ちないですし、自分の分身のように大切にしてきた光進丸をそんな風に扱うとは思えません。

火災当日には船舶管理の会社がエアコンの点検を行っていたそうです。従業員がカビの発生を防ぐためにエアコンを24時間稼働させていたそうです。この時電源を外から取っていたことが原因との見方があります。


加山雄三さんも火災があってからショックで寝込んでしまって妻が心配し、医者が家に駆け付けたそうで、火災からの10日間は記憶がほぼないそうです。

落ち込んでいる様子は記者会見でも伝わってきましたし、取材にも周りに感謝の気持ちを伝えていました。

みんなの優しさだね。光進丸は静岡・西伊豆の安良里漁港に停泊していたんだけど、漁師さんや消防署、海上保安庁、警察、近隣の人たちが消火に奔走してくれた。
BuzzFeedNewsより引用

地元の安良里の方には光進丸は愛されていたそうです。

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加山雄三は船に対しての想いが溢れている


加山雄三さんは小学校に通っていた時の家庭教師が東京海洋大学の学生で「海」や「船」について話を聞いたり設計図をみせてもらったりしているうちに、興味を持ったそうです。


14歳の時に材木屋に行って調達してきた木から、カヌーを作りそれがとても楽しくて高校卒業までに8隻もの船を造ったそうです。大学へは工学部へ進みたかったみたいですが成績が及ばず断念したそうです。

1964年に小型船舶操縦士の免許を取得し、海技士資格も持っています。本当に海の男ですね。

若い頃には伊豆大島からだいぶ沖に出たところでエンジントラブルで3日間漂流を経験したこともあったそうです。

1970年にはホテル事業に失敗し、億単位の負債を抱えていた時代もありました。この時は国税局に光進丸を差し押さえられていたこともあったそうですが借金を返済し、なんとか手元に取り戻しました。

1978年にはシングル『光進丸』をリリースし、愛着具合がわかります。

1998年3月西伊豆堂ケ島には「加山雄三ミュージアム」をオープンしています。


ピアノやスキー、料理、英語、絵画、鉄道マニアといったかなりの趣味をお持ちですが、これらを趣味と呼ぶにはかなりの腕前をもつ加山雄三さんを息子さんが以前、何でもこなせる父親だと絶賛していました。

その中でも特に船には思い入れがあったようです。

加山雄三の船まとめ

加山雄三さんの光進丸は5億円とも言われ、保険もそこまでの金額はかかっていないとの予測が立てられています。

加山雄三さんと海は切っても切れない関係で、光進丸には特に思い入れがありました。2018年4月に炎上してしまった光進丸は3代目ですが、初代「光進丸」を自分で設計して進水式は1964年のことだったそうです。若かりし頃から、現在まで音楽だけでなく船や海に携わって生きてきた海の男です。

光進丸が火災で全国に報道された時には光進丸の模型が無断で販売される事態も起きました。まさに泣きっ面に蜂でした。

3代目光進丸とは約36年の付き合いでしたので、とても辛い思いだったと語っています。

しかし、光進丸を失ったことでを歌を頑張ろうと思えたり、海の環境保全に対して積極的に働きかけたりと次の目標に向けて精力的に動いている加山雄三さんです。

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