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星野源は昔の写真と今が違いスギ!病気や精神疾患に苦しんだ過去

星野源さんの過去・昔についてまとめました。昔の写真と今が違いすぎるので画像で確認をしていただきたいです。

活発だった幼少期とお漏らしがきっかけで、受けたいじめで精神的に弱り始めた小学生時代。地味でロン毛だった中学時代、引きこもりを経験した高校生時代について紹介します。

そして、星野源さんは知名度が出てきた2012年には病気に襲われました。現在の活動を見る限りお元気そうに見えるので、そんな病魔に侵されたとは思えない活躍ぶりです。

星野源の昔の写真がオタク系!暗黒時代とは?画像では伝わらないお源さんの魅力

星野源さんは昔、コミュ障で内気な性格だったそうですね。30歳手前まで自分に自信が全くなく、学生時代の顔やスタイル、ファッションセンスも良くなく、毎朝鏡で自分の顔を見るたびに「変な顔だな〜」と思って落ち込んでた語っています。

いかじい
いかじい
確かに変な顔じゃ
やさばあ
やさばあ
こらこら、じいさん

親からも「あなたはブサイクだしスタイルも良くないから人の3倍努力しなさい」と言われて育ってきたとして、自信なんか持てるはずもなく、コンプレックスの塊だったそうです。

その影響でイケメンを憎んだりと性格が悪い方向へ20代の頃はいっていたそうです(笑)

ただし幼い頃は元気な子供だったいいます。

活発だった幼少期時代と写真

一人っ子の星野源さんは埼玉県浦和市に生まれ、引っ越して川口市住まいとなります。祖父が八百屋を営んで父親がついでいましたが、ジャズピアニストだった父親は八百屋を閉めて2005年にジャズ喫茶をオープン。ファンが殺到してしまい現在は閉店したそうです。

4歳くらいの時はとても活発な子供だったそうです。

幼稚園では先生に向かって「オバQ音頭をかけろ」と言って、放送をかけさせて堂々と真ん中で踊っていました

しかし、活発だった星野少年も小学生くらいから段々と暗い性格へとなっていきました。

小学校時代のいじめで内気な性格に

星野源さんの出身小学校は川口市立前川小学校です。

小学生時代にはテレビ番組の影響で、友達にタックルをしていたら次第に避けられるようになって友人が全然いなかったと話していました。

性格が暗くなったというエピソードについて話し始めた。

星野は「友達の家に日曜日に遊びに行ったんですよ、アポなしで」と、友人の家に訪問したところ、母親から友人は出かけていると言われ、断られてしまったという。

続けて「帰ろうとしたら、その友達の声が家の中から結構元気な声が聞こえてきて」「家族ぐるみでウソをつかれたっていう」と、友人が在宅していたにもかかわらず、いないと言われ幼心にショックを受けた様子を振り返った。

E-TALENTBANKより引用

星野少年は段々と物静かな少年になっていきます。

両親も息子が学校でやっていけるのか心配で担任の先生にも相談していたそうです。

小学3年生の時に大きいものを漏らしてしまい、あだ名が「う〇こ」になっていじめに発展してしまいました。精神的にも未熟で耐えられずに病院にも通い精神安定剤も服用していたそうです。

やさばあ
やさばあ
小学生で…辛かったの

小・中学時代では泣いたり、笑ったりの感情が表に出づらい時期だったと話していました。

星野源さんは社会的な場所に馴染めなくなり、パニック障害に悩まされました。

パニック障害とは、「パニック発作」「予期不安」「広場恐怖」を三大症状とする病気です。100人におよそ1人が発症するといわれています。

パニック発作では、突然訪れる恐怖や強い不安によって、動悸やめまい、呼吸困難などが現れます。これらの症状により、患者さんは「自分は死んでしまうかもしれない」と思うほどの恐怖を感じることがあります。

Medical Noteより引用

いかじい
いかじい
わしもパニック障害にならないか不安じゃ
やさばあ
やさばあ
じいさんは絶対にならん

子供の時って相手を傷つけて、自分も傷つけられて、痛みを感じながら成長していくものですからね。

中学生時代はオタク姿で暗黒時代へ突入

中学校は自由の森学園中学(偏差値48)に通っていました。

いかじい
いかじい
うわ、キモッ
やさばあ
やさばあ
こら
いかじい
いかじい
ごめんなさい

星野源さんの中学時代の画像を見ると非モテで目立たない男子のイメージでしかありません。中学時代の画像がお笑い芸人「ずん」の飯尾さんに似てるなんて声もありました。

この頃は目立つことが好きではなく、自宅で小説を書いたり曲を作ったりギターの練習をしていたそうです。

学校は校則がゆるく、中学1、2年の時はロン毛で眼鏡をかけて肩よりも長い髪で、今になって振り返ると「宅八郎」だったと回顧しています。

中3あたりで髪は切ったそうですが、「おじいちゃん」のあだ名でクレジットカードの勧誘をされてしまうくらいの見た目で物静かな、オタクだったと自虐しています。

高校での引きこもり時代と曲に励まされた青春時代

高校は中学からの内部進学で、自由の森学園高校を卒業しています。

高校では意外にも民族舞踊部に所属をしていたこともあり日本の地方の踊りを練習していたこともありました。

高校時代にはクラスの人気者から曲作りをお願いされて、初めて作曲をしました。

高校生の時は精神的な辛さと格闘していましたが、小学生から色々溜めてきたものがあったのでしょう。

高校時代に耐えきれなくなり、引きこもりとなってしまった時がありました。

そのきっかけとなったのは、一本の映画です。

小・中・高校と感情的になれなかった星野少年でしたが、竹中直人さんが監督を務めた『東京日和』という映画を観に行き、それまでには無かった感情が湧き出して、ダムの決壊のごとく涙が止まらず映画が終わった後も映画館のトイレで泣き続けました。

そこで、感情の糸が切れて、引きこもりに突入してしまいます。

いかじい
いかじい
根性が足りん!根性が!

高校3年生の時に引きこもってしまいました。

やさばあ
やさばあ
根性の問題じゃないよ

学生時代は気持ち的にとても辛かったそうで、クレイジーキャッツの『だまって俺について来い』に出会い。救われました。歌詞の中に出てくる「そのうちなんとか、なるだろう〜」の歌詞に救われたと言います。

不安神経症を患い、当時どん底にいた星野源の命綱みたいなものだったと話していました。

不安神経症とは、日常生活のなかで根拠がない不安や心配を漠然と持ち続ける病気です。
Medical Noteより引用

規則正しい生活と朝ごはんを心がけてなんとか3ヶ月の引きこもり期間で高校に復帰したようです。

いかじい
いかじい
コイツ骨のあるやつじゃな
やさばあ
やさばあ
やっぱり一流芸能人は持っとる根性が違うの

その後、クラスメイトからバンドのお誘いが来て、人前に出ることの楽しさを覚えていき暗黒時代から抜け出して光が差し込んできました。

それまでは自宅で曲作りをしたりと人前は嫌だと考えていましたが、ここで勇気を持って人前に立ったことで、星野源さんの人生が好転していきます。

高校卒業後は暗黒時代を抜け彼女もいた

高校卒業後の星野源さんは役者活動とバンド活動を同時にこなしていくマルチぶりで、5年間ほど中野区にある沖縄料理店でアルバイトをしていて、その時に年下彼女の目撃がありました。

高校時代に観劇した松尾スズキさんの「大人計画」の舞台に影響を受けて、卒業後は舞台のオーディションを受け始め、舞台に出演するようになりました。そして2003年に松尾スズキさんが“楽器の弾ける役者”を探していたことで『ニンゲン御破算』に出演しました。この時に松尾スズキさんに「大人計画」への入団を直訴し、拍子抜けするくらいに即OKが出たそうです。

下積み時代にはチケットを知り合いに売ったりとチケットノルマの苦労や音楽ではCDを街のCD屋さんに行って飛び込みで置いてもらえるようにお願いして回りました。しかしその、ほとんどが門前払いだったそうです。

20歳の時に同級生と「SAKEROCK」を組んで音楽活動をスタートさせていて、ボーカルなしのいわゆる、インストルメンタルという形態で、星野源さんはギター・マリンバを担当していました。(残念ながらSAKEROCKは2015年に解散しています)

昔から歌をやりたい気持ちを言えずに抑えていましたが、次第に星野源さんの中に歌いたい気持ちが強くなりつつも、反対に自分の気持ちをさらけ出すことには抵抗があったそうです。ここで細野晴臣さんから声をかけられたことで挑戦することを決意しました。

実は高校時代に細野晴臣さんの曲を聴いていて、低い声で落ち着いて歌う声に惚れていたそうです。その細野晴臣さんの後押しがきっかけで歌手デビューをしました。

 

星野源は昔、ドラマ『ウォーターボーイズ』にも出演していた…意外

全く出演しているイメージはありませんでしたが、2003年に放送された『ウォーターボーイズ』にちょい役で出演していました。これはかなり意外でした。知らない方も多いのではないでしょうか?

いかじい
いかじい
ウォーターボーイズの。わしも観とったぞ。星野源なんて全然わからんかったの。
やさばあ
やさばあ
わしは今知ったうえで見ても。源くんかわからんの。

2004年公開の妻夫木聡さん主演の映画『69 sixty nine』にも出演しています。


有名なテレビドラマにも、ちょくちょく出演していましたが、当時は名前が売れていたわけではないので、今になってみると面白い発見も多いですね。

いかじい
いかじい
意外と有名なドラマにも出てるんじゃな。しかしこの頃の星野源はイモっぽいの。
やさばあ
やさばあ
まだ垢抜けとらんの。今の方が素敵じゃ

2010年のNHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』で注目され始め、俳優業、音楽業ともにうまくいきはじめていましたが、2012年に星野源さんは病魔に襲われます。くも膜下出血で緊急入院しました。

 

星野源の昔|2012年12月16日に病気(くも膜下出血)で救急搬送された過去

星野源の昔の写真画像
ORICON NEWSより画像引用

星野源さんはくも膜下出血で搬送されています。

くも膜下出血とは、くも膜と呼ばれる脳表面の膜と脳の空間(くも膜下腔と呼ばれ、脳脊髄液が存在している)に存在する血管が切れて起こる出血です。
80~90%は脳動脈瘤と呼ばれる脳の動脈にできた「こぶ」からの出血が原因です。

翠清会梶川病院より引用

多くの方が発症するまで、自覚症状のない怖い病気だそうです。

2012年12月16日の新曲のレコーディン中に頭に痛みが走りました。

しかし、鎮痛剤を飲んでなんとか最後までレコーディングを乗り切り、撮り終えた音源を聴いて完成となってみんなで拍手をしている時に、立ってられないほどの痛みに襲われ、棒でずっと殴られているような痛みと、めまいもすごかったと星野源さんが当時を振り返っていました。

すぐに救急車を呼びましたが、12月の年末に差し掛かった、忘年会シーズンと重なった上に深夜の日曜日で、緊急で受け入れてくれる脳外科の病院が見つからず救急車の中で20分以上痛みに耐えていたそうです。

結局、脳外科ではなく内科に救急搬送されて診てもらい検査、手術となりました。その時に下された診断が「くも膜下出血」でした。

診断としては良い状態とはいえず、後遺症が残ってもおかしくなかったそうです。手術後は集中治療室で過ごしたそうですが、かなりの地獄だったそうです。

集中治療室での生活はとても辛く激痛に見舞われ、24時間痛みとの格闘で、神経が休まることもなく、次第に些細な物音に敏感に反応してしまい、眠ることなどできなかったそうで、苦痛すぎて病院の窓から飛び降りたいと思ったそうです。

年が明けて2月の初めくらいから外に出て、人とも会い徐々に普通の暮らしになっていきました。

発症から半年後、2013年6月の定期検査でも異常が見つかり、再入院しました。7月に予定されていたライブも当然延期でした。

結果として、現在まで後遺症もなく、無事にお仕事をこなせています。この2013年には「日本アカデミー賞新人俳優賞」を獲得しています。

紅白歌合戦にも2015年から毎年出場していますし、2016年にはオールナイトニッポンでのレギュラーラジオがスタートし「逃げ恥」の大ヒットで星野源さんの知名度もググっと上がり、人気マルチタレントとなりました。

 

星野源はソロデビューでも昔から曲が人気

星野源の昔の曲もよかった語る画像
CINRA.NETより画像引用

紅白歌合戦にも2015年から2019年まで5年連続で出場しており、歌手としても本当にスゴイ人です。

楽譜が読めないので、コードで曲作りをしていて、NHK連続テレビ小説『半分、青い。』の主題歌『アイデア』を担当するほど。

2010年6月発売の1stアルバム『ばかのうた』は週間最高36位ですが、翌2011年9月発売の2ndアルバム『エピソード』は5位まで上昇しています。

シングルでも2011年3月2日発売の1stシングル『くだらない中に』は17位ですが、2012年2月8日発売の『フィルム』は4位を獲得するなど、音楽でも才能を世に出していきます。

いかじい
いかじい
星野源は昔の曲の方がよかった気がするな
やさばあ
やさばあ
昔も今の曲もどっちもええじゃない

昔の曲が良かったという方もいらっしゃるようですが、有名になってからの最近の曲だとアルバムもシングルも発売すれば1位という音楽家としても成功されている星野源さんです。

2019年は『Same Thing』を発表して、紅白歌合戦に出場します。

 

星野源のプロフィールとまとめ

  • 名前:星野 源(ほしの げん)
  • 生年月日:1981年1月28日(39歳)2020年現在
  • 出身:埼玉県川口市(浦和市生まれ)
  • 身長:168cm
  • 血液型:AB型

一部では整形疑惑が出てしまうほどに、昔と今の星野源さんは違いました。活発だった幼少時代から、友人に体当たりをしまくり、徐々に避けられていき、お漏らしをして「う〇こ」のあだ名をつけられてしまい、イジメられてしまいます。

この頃から精神安定剤を飲むなど、精神的に不安定となり、笑ったりする感情が消えていきます。中学高校時代はオタクのような、非モテ男子となって、高校3年生ではついに引きこもってしまいました。3ヶ月で復活した星野源さんは「これでは、ダメだと」人前に立ち始めます。

卒業後は劇団に入り、バンドを組み、映画やドラマに出演していきます。『ウォーターボーイズ』にも出演していました。

2012年末に「くも膜下出血」で倒れますが、現在では何の後遺症もなく活躍されています。

以上が2020年以降も様々な活躍を見せてくれそうな星野源さんの昔のまとめでした!

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