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白石麻衣の昔と今を振り返る!乃木坂46加入初期と学生時代まとめ

白石麻衣の昔と今を振り返る!乃木坂46加入初期と学生時代まとめ
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今回は「まいやん」こと白石麻衣さん(乃木坂46)について紹介します。

乃木坂46加入初期や学生時代の昔と今の白石麻衣さんを振り返って、まとめてみましたのでご覧ください。前半は乃木坂46での昔から今にかけて。後半がさらに遡った昔の学生時代について紹介していきます。普段テレビで見ている白石麻衣さんがいじめられた過去やアイドルでの苦労について触れています。

乃木坂46の結成と白石麻衣は昔の方が魅力あった?


白石麻衣さんは2011年8月に乃木坂46オーディションに1期生メンバーとして合格します。

合格してからはダンスレッスンの日々が続き、予想以上に厳しいレッスンに挫折しかけます。昔からアイドルになりたかったわけではなかったため、葛藤があったと言います。

しかし、高校卒業後の進路については、両親からは短大進学を勧められるも、音楽の道へ進みたい熱意から両親と話し合いの結果、「音楽の道で頑張るという」約束のもと専門学校へ進学しています。

この両親との約束やメンバーに支えられて、折れかけた心を立て直してデビューまで頑張ったそうです。

白石麻衣さんは同じく1期生メンバーだった、橋本奈々未さん、松村沙友里さんとで御三家とも呼ばれていました。乃木坂46の今の下地を作りブレイクへと押し上げたと言っても過言ではありません。
乃木坂46は見た目、ルックスは最高峰のアイドルグループとも言われ、昔はセンターを務めるメンバーの脇を白石麻衣さんと橋本奈々未さんが務めていたフォーメーションは当時最強とまで言われました。

 

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#松村沙友理#橋本奈々未#白石麻衣#まちゅ#ななみん#まいやん

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2014年の『乃木坂って、どこ?』のバレンタイン企画では、白石麻衣さんが松村沙友里さんから「ずっと前から好きでした」と可愛い告白をされて、味の無いフルーツプディングをプレゼントされていましたが、その告白を断って生田絵梨花さんに告白していました。

その生田絵梨花さんは松村沙友里さんに告白して振られているという三角関係がやばかったです。

白石麻衣さんはグループを離れた個人で自身初のレギュラー番組となった『うまズキッ!』では、MCのおぎやはぎ、小木さんの下ネタトークにたじたじとなるまいやんも見どころの一つでした。

昔の白石麻衣さんと今の白石麻衣さんのどちらが好きか、魅力的なのかと問われるとそれぞれ違った魅力の白石麻衣さんがそこにはあります。

初期の頃は今となっては見ることのないマヨラー星人で自己紹介したり、罰で顔面にクリームを浴びて喜んだり(?)、秋元真夏さんに対しては黒石さんと化して、アイドルとしての概念をぶち壊すキャラクターを出していました。


そのほかにお化け屋敷で怖がる姿や爬虫類を怖がるリアクションが白石麻衣さん本来のキャラクターの良さを発揮していて、身体を張る仕事すら楽しんで、音楽番組でもキラキラと輝いていた印象が昔はあります。


特に2014年頃の白石麻衣さんを好きだったファンの方は多いみたいです。

最近ではこういった身体を張った白石麻衣さんを見られる機会がめっきり減りました。今の白石麻衣さんは3期生、4期生も加入して後輩メンバーも増え、年齢的にも年下が増えてポジション的にもお姉さんになり、昔の様にはっちゃけた姿を見ることがグンと減った気がしています。

もちろんそれは、昔よりも白石麻衣さんの認知度が増えて、より大人なまいやんを見られることなので、それは嬉しいことなんですけどね。

白石麻衣さんを初期の頃からを知っているからこそ、昔の白石麻衣さんの魅力が忘れられないファンが多いみたいです。

白石麻衣はセンターの回数は意外と少ないが全シングルで福神を務める安定感


白石麻衣さんは昔も今も人気メンバーではあることに変わりはありません。最初から最前列で人気メンバーだったイメージがありますが、乃木坂46初代のセンターだった、生駒里奈さんとは違いデビュー当初は2列目からのスタートで選抜メンバーではありましたが、1stシングル『ぐるぐるカーテン』~5thシングル『君の名は希望 』まで2列目の位置に甘んじていました。

意外なことに当初1列目ではなかったのです。

デビュー翌年の2013年6thシングル『ガールズルール』で念願の初センターポジション獲得となりました。


ところが、その次のシングルでは2期生の堀未央奈さんにセンターポジションが変わりとても悔しかったと話していましたが、早い時期に気持ちを切り替えて、入ったばかりの堀未央奈さんを支えようとしたと話していました。

結局、次に白石麻衣さんがセンターを務めたのは2015年リリース13thシングル『今、話したい誰かがいる

』で西野七瀬さんとのダブルセンターでした。単独でのセンターは2018年発売20thシングル『シンクロニシティ』で、そこまでは約5年間と実に13作もあいてのことでした。

こうしてみると、白石麻衣さん単独でのセンターは2回しかなく、人気メンバーの割に意外とセンター経験が少ないと思われます。しかし、実は唯一全てのシングルで福神入りを果たしているメンバーは白石麻衣さんただ一人です。

※福神…基本的に前から2列目までのメンバーのこと。

乃木坂46イチ安定感のあるメンバーと言えますね。

初期の頃は地方の握手会へも連日参加していた

最近では人気が出すぎているため、白石麻衣さんが握手会に参加しないことも増えているようです。他のメディア出演の仕事と重なっていることもある様ですが、人気メンバーはあまりにも、スケジュールが過密なため、休ませていることもあるみたいです。

昔は、イオンなど地方のショッピングモールへ人気のあるメンバーもこぞって、地方各地へ赴いて握手会に臨んでいたりしました。

デビューしたばかりの頃は、千葉→名古屋→滋賀→富山と毎日握手会イベントをこなし移動をしていたこともありました。

今では考えられない遠征日程ですね。こういった苦労を重ねてきたからでしょうか。

白石麻衣さんが意外と厳しい一面も見せたことがあります。それは、2期生に対して「プロ意識がない」と苦言を呈したことがありました。


大人の方への言葉遣いや態度に対しての厳しいダメ出しです。
乃木坂46メンバーの移動は今でこそ新幹線が当たり前だそうですが、グループ結成当初には5,6時間のロケバス移動は当たり前にあったといいます。今の人気からは想像しづらい裏側ですが、1期生メンバーの昔の活動があってこその今なんですね。

昔から白石麻衣と西野七瀬の仲は悪くなかった


西野七瀬さんは2018年末をもって、グループを卒業しました。

西野七瀬さんは公に秋元真夏さんとの仲に亀裂が昔あったことが公表されていますが、白石麻衣さんとの不仲も疑われていました。

しかし、これまでの活動や言動からどうやら仲は悪くないだろうといったことがわかってきました。


よくメンバーに抱きつきにいくという西野七瀬さんでしたが、白石麻衣さんにはくっつけないと話していました。それは嫌いとは違った感情で人見知りと心理的な距離感から抱きつけなかったそうです。初期から時間が経って打ち解けた頃から、抱き着いたりじゃれたりすることができるようになったと西野七瀬さんが話していました。

西野七瀬さんの卒業後、白石麻衣さんも西野七瀬さんにいてほしかったと語っていました。

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白石麻衣がエース!乃木坂46がアイドルの一時代を築きつつある今

 

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#白石麻衣#乃木坂46

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過去にはAKB48の人気から、いつしか乃木坂46、欅坂46などの坂道グループがアイドル界を席巻するようになりました。その中で今抜きん出て、人気を誇る乃木坂46ですが、そのメンバーの中でエースは白石麻衣さんでしょう。

ファンの逮捕・CMメイキング騒動・写真集の圧倒的人気など白石麻衣にまつわる世間を騒がせた色々


乃木坂46でも写真集『乃木撮』が大ヒット。
良くも悪くも注目を集めてしまうのが人気者です。白石麻衣さんが注目を集めた3つをピックアップして紹介しますね。

その1

2018年にファンだった男性が白石麻衣さんを脅迫して捕まった事件がありました。白石さん自身がSNSの投稿に気づいて運営側に相談したそうです。

その2

某紳士服のCMでのメイキング映像が公開され、現場入りの時に、スタッフの挨拶を無視したと、非難されたことがありました。

問題の部分はカットされて再アップされています。

カット前の動画を見る限り、スタッフさんが目に入っていなかったようにも見えましたし、他にも挨拶をしていないメンバーもいましたので正直そこまで、騒ぎ立てるほどヒドイものではなかったと感じました。

その3

写真集の売り上げが26度目の重版で37万部を突破し、発売から2年経っても、売れ続けるという人気ぶり。


1万部売れればヒットと言われる写真集では異例の売り上げであることがわかります。
とてつもない売れ方で、写真集業界全体に影響を与えたと言われています。

同じアイドルの写真集で言えば元AKB48の前田敦子さんの『不器用』はおよそ11万部、大島優子さんの『脱ぎやがれ!』はおよそ8万部のセールスを記録していました。

2人の大物アイドルの写真集と比べても倍以上の数字の差があることがわかります。

これだけ人気の理由は乃木坂46の男性ファンのみならず女性支持層がいるのが大きいようです。白石麻衣さんはファッション雑誌でのレギュラーモデルを務めていたため、売り上げの3割は女性ファンが支えていたそうです。

白石麻衣さんほどの知名度になると、良いことも大きく取り上げられますけど、悪いことはほんの小さなことでも揚げ足を取られてしまう印象を受けます。トップアイドルは大変ですね。

トップアイドル乃木坂46を支える白石麻衣


白石麻衣さんの人気ぶりは写真集だけじゃありません。料理も上手でcookpadTVでのレギュラーもスタートしましたし、2018年女性タレント部門において、CM起用社数が18社となり第1位となりました。

モデル業では『LARME』や『Ray』のモデルをしていました。(現在はどちらも卒業)
女性誌でのファッションモデルをこなしたことで、女性ファンも増えて、男性女性問わず人気が出ました。白石麻衣さんはいまだに新規のファンが増えているそうです。


グループでの人気だけでなく個人としての人気や知名度も上げていて、女性のなりたい顔1位にも選ばれ、白石麻衣さんの快進撃はまだまだ続きそうですね。

白石麻衣の整形疑惑→整形はしていない!


可愛い芸能人だと、整形疑惑やそれを検証する方もいますが、結論としては整形はしていないでしょう。白石さんご本人もキッパリと否定していますので間違いないでしょう。

さて、ここからは白石麻衣さんの昔にあたる学生時代について振り返ってみたいと思います。

白石麻衣の沼田北小学校時代は活発な真っ黒少女


白石麻衣さんは群馬県沼田市に生まれました。

幼少期の白石麻衣さんはとても活発な少女で、外を走り回っていたため、いつも真っ黒に日焼けをしていたそうです。

白石麻衣の昔の小学生時代


AIKRUより画像引用

地元のお祭りに毎年参加するほどのお祭り少女で山車に乗り、笛や太鼓を演奏していました。

小学6年の時にはファッションに興味を持ち、学校の成績が下降していったそうです。そのお陰か、白石麻衣さんは乃木坂46でのレッスン着もオシャレだとメンバーに言われています。

兄弟は3つ上の姉がいてとても仲良く過ごしていたそうで、昔から『クレヨンしんちゃん』をよく観ていたそうです。乃木坂46でのひょうきんな一面もわかる気がします 笑

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白石麻衣の津田沼中学校時代にはソフトボール部で活躍するも不登校になっていた

白石麻衣の昔の中学生時代


芸能NEWS+|エンタメまとめサイトより画像引用

中学は沼田市立沼田中学校を卒業しています。中学時代はソフトボール部に所属し、ポジションはセカンドでした。バントが得意で足も速く、50mは7秒台と俊足。中学2年生の時にはレギュラーになったそうですね。

中学ではソフトボール部に入部し、2年生でレギュラーを獲得した白石。練習はハードだったが県大会では常に上位、彼女自身も「あの頃が私の青春時代だった」と懐かしむほど、充実した学生生活だった。しかし3年生になる直前に、まわりからの嫌がらせを受け、それをきっかけに学校に行くことが嫌になったという。部活仲間の支えもあり、無事に卒業はできたものの、地元・群馬の高校には進学せず。母親と2人で埼玉に引っ越し、埼玉の女子校に通うことになった。
モデルプレスより引用

「週刊文春の配信によれば、白石がイジメを受け始めたのは中学1年生頃からで、上履き隠しや、ノートやカバンに落書きなど、定番のイジメを受けていたそうです。また、イジメを受けるようになったきっかけについてはイジメを受けていたクラスメイトを白石がかばったことと紹介されています。当時は小学校からボーイフレンドもいたということですが、自身もイジメに巻き込まれることを恐れて離れていたとのこと」(アイドル誌ライター)
Asagei plusより引用

挨拶など、態度が気に入らないと呼び出されたこともあったようです。

かばったと言えば、オーディション終了後に、松村沙友里さんがナンパされていたのを見かけて、まだ喋ったことがないにもかかわらず声をかけ「一緒に帰ろう」と松村沙友里さんを守ったエピソードがあります。それほど、正義感が強い一面があるんですね。

ソフトボール部では厳しい練習に励み、部活動を謳歌していたそうですが、中学校3年生の時には不登校を経験していました。女子テニス部に色々と言われたと語っていました。

今の芸能界で輝く白石麻衣さんからは想像もできない、暗い過去ですね。

不登校にはなったものの、保健室への別室登校で、出席日数を満たして、卒業はできた様です。卒業式には出席せずに、一人だけで卒業証書をもらいに行った悲しい中学生活の最後だったみたいですね。

高校は、地元の群馬ではまた、同級生と顔を合わせてしまうため、中学卒業後は心機一転、埼玉県の女子高へと進学します。

白石麻衣の小松原女子高校時代は安田章大ファンでスカウトもされていた

白石麻衣の昔の高校制服


AIKRUより画像引用

中学を卒業後、白石麻衣さんは埼玉県へ引っ越し高校時代を過ごします。
埼玉に来て、生まれて初めて「とんかつ」を食べて、そのおいしさに衝撃を受けたエピソードは有名です。

さて、群馬県の中学校を卒業後に埼玉県さいたま市の小松原女子高校(2015年より浦和麗明高校)へ進学しました。

当時から可愛さは際立っていたようで、原宿などに遊びに来た時にはスカウトされることもあったそうです。

高校へ入学し、あれほど熱中していた部活動には入らなかったみたいで、高校時代は関ジャニ∞の安田章大さんのファンで、関ジャニ∞のコンサートに足を運んでいて、「安田のあ」名義でブログをやっていたとの噂です。


白石麻衣さんが有名になるにつれて、ジャニーズファンだったとの噂が立って批判を浴びたこともありました。

当初は保育士を目指し勉強に励んでいましたが、音楽の専門学校へ体験入学をきっかけに音楽の道を目指し、音楽の専門学校に通うことに決めます。

白石麻衣は高校卒業後専門学校へ進学し、乃木坂46へのきっかけとなった


小松原女子高校を卒業後の2011年4月に東京スクールオブミュージック&ダンス専門学校へ進学し音楽理論や、ゴスペルなど歌手としての基礎を学んでいたそうです。入学1年目の夏に専門学校の先生から乃木坂46オーディションを勧められ、2011年8月22日に最終審査合格となりました。白石麻衣さんの誕生日から二日後のことですね。当時19歳になったばかりでした。

ここから、乃木坂46白石麻衣の快進撃が始まりました。乃木坂46メンバーの中でもトップを走り続けてエースと言われる存在になっていったわけです。

白石麻衣の昔と今まとめ


幼い頃は活発な少女時代を過ごして、中学ではソフトボール部で活躍をしていましたが、不登校を経験。

高校を出身地の群馬から埼玉県へ移して、人生の再起を図ります。

音楽の専門学校へ進み、乃木坂46のオーディションを知り、オーディションを受けて合格。乃木坂46加入後は経験のないダンスに苦しみながらも、人気メンバーとして活動。

結成から約2年後に初センターを掴むも、その後はセンターから遠ざかる日々でした。

そして徐々に乃木坂46が売れていきました。グループでの活動以外にもバラエティやモデル活動の地道な活動でグループと白石麻衣個人の両方で有名となりました。

2018年末には『シンクロニシティ』で日本レコード大賞に輝き、2017年の『インフルエンサー』と2年連続でのレコ大受賞になりました。


昔のことを考えると、ここまで売れるとは想像していませんでした。
今人気絶頂と言える、白石麻衣さんは年齢的にも乃木坂46の中では上から2番目にお姉さんです。昔も今も変わらず可愛い白石麻衣さんですが、アイドルとしては避けては通れない卒業の道。

白石麻衣さんの卒業に関しては少し前から囁かれていますが、今現在27歳(2019年時点)ですので、年齢的に考えても卒業は近いかもしれませんね。白石麻衣さんが卒業したら乃木坂46の弱体化が叫ばれていますが、エースの座は同じく1期生で6歳下の齋藤飛鳥さんにバトンタッチすると言われています。

ずっと今の仕事を続けているつもりはないとの発言もありましたが、もう少し乃木坂46として輝いている白石麻衣さんを見ていたいものです。

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